ケースで学ぶIT経営の要諦

攻めのIT経営銘柄

小松市を企業発祥の地に持つ建設機械大手コマツ。2010年に閉鎖した小松駅前の小松工場跡地には、世界最大級の超巨大ダンプカー930Eが展示されています。コマツのダントツ商品の一つであり、コマツのIT経営の象徴でもある「KOMTRAX」を搭載したダンプカーです。先日経済産業省から発表された「攻めのIT経営銘柄」18社にコマツも選ばれています。経済産業省は、我が国企業の戦略的IT利活用の促進に向けた取組の一環として、東京証券取引所に上場している企業の中から、収益拡大や事業革新等のための積極的なIT投資や活用を実施する「攻めのIT経営」に取り組む企業18社を「攻めのIT経営銘柄」として選定しました。「攻めのIT経営」に取り組む企業は、新たなビジネスモデルの創出や収益力の強化等を通じ企業価値向上や中長期的な成長を実現し、投資家からの評価を得ることにより、株価の向上にもつながることが期待されています。 


ケース教材で学ぶ有効性

最近ではIT経営という言葉もだいぶ市民権を得てきました。IT経営とは、ITを戦略的に使いこなし、競争力や生産性の向上を実現し、経営力をアップすることですが、しかしまだ本質的な部分で十分理解されていないのでは、と思ったりもします。本質的な理解の手助けになるのが、ケースをとおして学ぶことです。今、ITコーディネータの資格取得のための研修、ケース研修をインストラクターとして実施しています。この研修でもIT経営を推進するITCのプロセス、ITCプロセスガイドライン(ITC-PGL)をケースをとおして体感してもらっています。IT経営をケースで学ぶ教材の一つとして、「攻めのIT経営銘柄」に選ばれたコマツをケースにした慶応大学ビジネススクールの教材があります。


コマツのケース

90年以降のバブル経済が崩壊し、日本の建設機械市場が急激に縮小する中、業界の巨人キャタピラー社とグローバル市場でのし烈なシェア争いをしながら、V字回復を遂げたコマツ。コマツの経営環境の問題点、脅威、強みと弱み、コマツの成功要因などをケースから読み解くことができます。また、ケースの最後に掲載されている歴代社長のインタビュー、特にケース当時CIOだった野路常務取締役の話からは、ITを戦略的に利活用してIT経営を実現するためのヒントが得られます。ケースはコマツという大企業の事例ですが、ケース教材を読むと、企業の大小は問題ではないことがわかってきます。野路CIO(当時)のインタビューより、一部、補足しながら、IT経営の要諦をまとまてみました。


IT経営の要諦

・社長のリーダーシップが最重要

「今の世の中、ITがなければ何もできないのも事実。ITを使うことを前提としたうえで何をしたいのかをはっきり示すことが大事です。こういうことが出来なければ勝ち目がない。将来的にはそうしたことが必要になる。具体的に言えば、各工場で代理店の販売状況を日次で共有し、それをもとに日次で生産計画を立てることによって精度の高い受注生産を実現したい。為替変動などを考慮して全世界中で最も安価な部品を調達する『クロスソーシング』を実現したい。日欧米の向上で同時に新商品を投入できるようになりたい、です」。社長の想いをトップダウンで強制的に改革を進める、リーダーシップが最重要である理由です。

・ITはあくまで道具、人の役割、業務のルールがあって機能する

「日次で生産計画を立てられるのは、営業担当者が毎日受注データを入力しているからだし、生産計画を毎日変更しているのは生産現場の担当者です。クロスソーシングを実現するためには、部品の供給基準を定めることが必要でしたし、日欧米の同時立ち上げを実現するためには、全世界で基本車両のBOM(部品表)を統一しなければなりませんでした」。素晴らしい基幹業務システムを作っても、人が決められた役割を果たさなかったり、業務がこれまでと変わらないのでは、ITという道具が機能しない、ということです。

・現場を巻き込んだITプロジェクト

「本当に大変でした。1~2年間で30人もの現場担当者が新システムの設計のために必要になりました。なんで情報システムのためにそんなに人員を割かなければいけないのか、と開発本部長から責められました。そのときは、社長に説得をお願いし、トップダウンで決定してもらいました。単純な反発というよりも、慣れ親しんだやり方なのでどうしても変えられない、という場合もありました」。現場(ITユーザー)の持つ保守的な意識をどのように変えてもらうか、企業の大小を問わず、IT経営が成功するための大きな課題です。

・どのITを企業の競争力の源泉とするのか

「今は、ほぼすべての建設機械商品に『KOMTRAX』という仕組みを組み込んでいます。建機の仕様場所、使用状況、使用時間などを一元的に把握することで、質の高いサポートや商談につなげているのです。それを支えるシステムは競争力そのものです。建設機械は走りながら作業をするわけですから、制御する部分は自動車よりはもっと多い。制御ソフトは競争力の源泉なので、決して外部には発注していません。すべて内製です」。ITの競争力を基幹業務システムから営業・サービス系システムへ移行し、ダントツ商品の開発へとつなげているコマツの姿が見えます。

・社長やCIOは何を知っているべきか

「社長にとってはシステムを知っているよりは、どれだけ現場を知っているかのほうが重要なことです。CIOに求められることも時代とともに変わってくるでしょう。それでもひとつ言えることは、CIOはコンピュータではなくビジネス知っている人でなくてはいけない、ということです」。